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【 第三回 】 「ひとり日和(びより)」

 書き始めた小説の二作目にして、しかも23歳の若さで第136回の芥川賞を受賞した青山七恵の「ひとり日和」を読んだ。さる一日、横浜と東京で二つの会合があり、最初の会合と次の会合の間に三時間ほど空時間があるのを承知していたので、それを利用して一度訪ねたいと思っていた青山のブックセンターに立ち寄り、読みたい本を購入して、出来れば近くの喫茶店でこれを読んで空いた時間を埋めようと思っていた。青山のブックセンターは思ったより大きく、多種類の本が揃っていた。そこからガルシア・マルケス「百年の孤独」と上述の「ひとり日和」を入手した。「百年の孤独」は「恥かき読書」に登場させる意図はなく、ゆっくり読むことにする。お目当ての静かな喫茶店をブックセンター近くで見つけて、会合までの二時間ほどを「ひとり日和」に没頭した。

 この作品を芥川賞に推挙したのが石原慎太郎と村上龍であることを新聞か何かで読んでいたので前から興味を持っていた。石原慎太郎は「太陽の季節」(第34回)で、村上龍は「限りなく透明に近いブルー」(第75回)で芥川賞を受けている。二人からは「それがどうした」と言われるかも知れないが、「太陽の季節」も「限りなく透明に近いブルー」も、当時の社会規範からは大きくはみ出した驚愕の情景を描写した箇所を持つ作品で、世間を大いに騒がせた著作である。それに比べれば青山七恵の「ひとり日和」は、自立したい若者の抱える不安はともかくとして、穏やかに流れる日常生活の描写である。偶然に生活を共にすることになった20歳の知寿と71歳の吟子さんの力んだところのない日常生活が描かれている。石原慎太郎と村上龍が推した青山七恵「ひとり日和」の題材に、応援団子は時の流れの変化を感じる。

 物語は、国語教師である母親が中国に赴任することになって、母親と一緒に中国に行くことを拒んだ20歳の三田知寿が、母方の遠縁に当たる71歳の荻野吟子との同居をするところから始まる。それからの一年を春夏秋冬に区切って、知寿の目線で捕らえる五十も年齢差のある吟子さん(普段、知寿はこう呼びかける)との生活パターンや考えの違い、あるいは共感するものをお互いに確認しながら進行する、全編を通して繰り広げられる知寿と吟子さんの会話がこの物語を引っ張っていく。たまに中国から帰ってくる母親の出現も変化に味を添える。概略は後述するが、その間に知寿は春と秋に男と別れ、冬の終わり(春の手前)には、新しく働き始めた会社の男社員との間に三つ目の恋が芽生えそうな状態になっている。だが、これもまた危さを予想させるものであり、不安のまま、不安定のままに知寿の生活が続くが、ひるまず歩み始めるところで物語は閉じられる。

 知寿が一緒にすむことになる吟子さんの家は、電車の駅の近くにある。駅のプラットホームから家の様子を見ることのできる距離にあるが、改札を出ると商店街を通り抜けないと辿り着かない。どうも京王線、新宿からすぐの笹塚駅近辺の駅という想定で書かれているようだ。家から駅の様子が見え、吟子さんにはホースケさんという社交ダンス仲間のボーイフレンドがおり、ホースケさんが家に遊びに来て帰るときには、プラットホームに立つホースケさんを、吟子さんは家の窓から手を振って見送る。吟子さんはホースケさんと出かける時があり、知寿も付き合うことがある。知寿はそんな二人の交際が不思議で仕方がない。熟年者同士のお付き合いとはどんなものか。長い時間をかけて生きてきた価値とはどういうものか。積み重ねた経験が心を安定させてくれるのだろうか。知寿は吟子さんとホースケさんを観察する。

 知寿は温かい家庭には恵まれていない。両親は離婚をしていて、五歳のときから知寿は父親と別れて生活している。自分がかわいそうだと思ったこともあり、不良少女になりかけたこともあるようだが、どうすればいいのかがわからず、全てうやむやにしたまま思春期は終えてしまった。仕事で福岡に赴任した父親とは二年ほど会っていないが、会いに行きたいとも思わない。母親からは「勉強をせよ、学校へ行け。大学に行くなら学資の援助をする」と言われるが知寿にはその気がない。何かにつけて「どうでもいいじゃない」という気持ちになり、出来るだけ波風を立てないようにしてしまう。

 知寿には吟子さんの家に来る前から、陽平というボーイフレンドがいるものの、恋愛感情の極めて希薄な付き合いをしている。陽平は部屋を訪ねて来る知寿に目もくれずパソコンの麻雀ゲームに夢中になっているような男。ゲームが一段落すると二人は若々しいセックスをするが、知寿は3回に一度は断る関係であり、吟子さんとの共同生活がどうにか軌道に乗り出した晩春のある日、知寿が陽平の部屋に行くと、知らない女性が下着姿で座り込んでいた。知寿はビックリして「おやおや」としか言えず、汚いノースリーブシャツの陽平も「おやおや」と真似をする。「最悪だ」という言葉を残して部屋を飛び出す。陽平との別れである。知寿は苦しい自分を抑えて波風を立てない。知寿は恋愛というものがよくわからず、男との付き合い方もわからない。言わば修羅場に遭遇しても何を咎めていいのか分らず、期末試験が終わった後のような気分で帰ってくる。

 第一回目の失恋の後、知寿は新しいアルバイト先を見つけてきた。笹塚駅ホームの売店の売り子をすることになった。週に1,2回のコンパニオンのアルバイトは従来通り続けている。その駅で整理員として働く同じアルバイトの藤田君と出会う。彼を素敵だと思うようになり、やがて吟子さんの家に来て二人で過ごすようになった。燃え上がったこの夏の恋も、糸井さんという新しい女の整理員の出現で、知寿の脳裡に「また別れることになるのかな」 との不吉な予感が走る。 そして秋の深まりと共に「この家にいると 自分がすごく歳をとった気がする」 という言葉を残して藤田君は去っていく。ここでも「別れたくない」という気持ちをどのように表現していいか分らなくて、「じゃ、そういうことで」と言い、別れてしまう。

 知寿には盗癖がある。といっても人の金銭を盗むというのではなく、人の持ち物の中でも盗まれても盗まれたことが気にならない値打ちのないガラクタ、小物の類を盗む。例えばホースケさんの使い捨てのライターだとか、藤田君の数本残っている煙草とか、 吟子さんが沢山持っている人形の一つとか、 それを靴の空き箱に入れておくという癖である。これは多分に知寿の一人でいることの不安な気持ちの解消法や知り合った人を自分につなぎ止めておきたいマジナイのようなもので、不安な気分を振り払う潜在意識のなせる業なのだろう。あるいは知寿のささやかな抵抗なのであろう。

 知寿は藤田君と別れた後、コンパニオンの登録も解約して、池袋の浄水器の販売やレンタルをする会社で新たなアルバイト先を見つけた。正社員に空きが出来て、真面目に働いていた知寿は「正社員にならないか」と上司から声がかけられる。正社員に採用されると社員寮に入ることも出来ると聞き、これを機会に吟子さんの家から出ることを決意する。吟子さんとの別れは悲しい、悲しいが新たな出発でもある。「また来るから」と言って吟子さんの家を後にするが、「もう来ないかもしれない」という気持ちも働く。吟子さんの家を出る前夜、盗んでいた幾つかの人形を返すために寝ている吟子さんの部屋に入った。吟子さんは起きていた。そして全てを知っていた。「言ってくれればあげるのに・・」と。

 最後の場面は、知寿が隣の部署の飲み会で知り合った既婚の男から競馬に誘われ、行くことにする。自立した知寿には新しい危さの始まりであるが、これに取り組もうと覚悟を決めている。競馬場に向かう途中に、電車はアルバイトをしていた笹塚駅も止まるし、吟子さんの家の見える駅も止まる。笹塚駅では一度降りてみて藤田君の面影や糸井さんの姿を追いかけるが、知っている顔は見当たらない。久し振りに吟子さんの家を電車の中から見る。見慣れていた不揃いの垣根が見え、干してあるタオルやかっぽう着が見える。でも知寿には、そこで生活をしていたのが遠い昔のように思われ、そこにあった生活の匂いも手触りも親しく感じられないようになっていた。吟子さんとの共同生活から飛び出して、自立したことを意味しているのだろう。先行きは何だか危険な感じがするけれど、新しい知寿の出発である。「電車は少しもスピードをゆるめずに、誰かが待つ駅へ私を運んでいく。」という文章でこの物語は終わっている。

 自立の難しさ、とはいえ逃げ出さずに挑戦していかなければ生き残れない世の中、知寿の人生の格闘はこれから始まるのだと思う。深刻がる必要は何もないが、世の中に合わせて、遭遇する障害に対しても出来る限り被害を最小限に止めて、真面目に生きていくことなのだろう。何処かで聞いた次の言葉が頭をよぎる。・・・強くなければ生きていけない。愛がなければ生きる資格がない・・・。
「生きる」ってことは、そういうことなんだよ。頑張れっ!知寿ちゃん!
(応援団子A)

「ひとり日和」
 青山七恵著(河出書房新社)2007年3月 15刷 発行
 (1,200円+税)

 
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