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【 第六回 】 「風に舞いあがるビニールシート」

 阪神大震災の直後、神戸の街は至るところが青いビニールシートに覆われていた。電車に乗ればそれがよく分った。風に吹かれて止めていた何かがはずれたのか、めくれた青いビニールシートが屋根の上で波打っている。それは痛さに我慢できずにのたうちまわる獣のように見えた。震災の後、ガレキの中で人々は「やらな、しゃーないやないか」と言って頑張った。震災のたびに人々は立ち上がる。それでも地震はまた襲って来る。新潟の震災でも、九州の震災でも、屋根の上に青いビニールシートはあった。昨年の夏のこと、書店の雑誌コーナーで、「第135回 直木賞決定発表」を掲げた「オール読物」2006年9月号が目に止まった。受賞作品である三浦しおん著「まほろ駅前多田便利軒」という奇妙な題名の横に、同じく受賞の森絵都著「風に舞いあがるビニールシート」という題名を見つけた時、震災の話なのかなと、ふっと思ったのである。

この雑誌を買って読んでみると、直木賞決定までの選評の中で、数人の選考委員が、選に落ちた作品のこと、この二つの受賞作品が優れていることを述べていた。森絵都の「風に舞いあがるビニールシート」は、六つの短編で構成されていて、その表題名を受賞作品として挙げている。この雑誌には同作品の中から「風に舞いあがるビニールシート」と「ジェネレーションX」の二つの短編と受賞までの軌跡を書いた「自伝エッセイ」が掲載されていた。

「風に舞いあがるビニールシート」は、応援団子の予想が全くはずれて、国連難民高等弁務官事務所の現地滞在職員エドと東京事務所に勤務する里佳という男女の物語であった。命をかけてスーダン、リベリア、ジプチなどの難民現場を担ってきたエドが、東京で里佳と出会い、勤務時間後に酒を飲み、お互いがしっくりいくことを確かめ合って結婚する。しかし、世界はいつも何処かに争いがあり難民の絶えることはない。だから、国連の現地滞在員の勤務がなくなることもない。7年間の結婚生活の中で、二人が一緒に暮らしたのは百日ほど。里佳には不満がつのる。とはいえ、風に舞いあがるビニールシートのように軽々と、住民たちが家を失い、難民となり、命を奪われるのを見ているエドにとっては、東京の生活はひとときのオアシス以外のものではない。難民と同じ危険の中で勤務しているエドの頭には家庭という安住の場所はなく、 二人は離婚し、やがてエドは任地アフガニスタンで 「風に舞いあがるビニールシート」のように命を落とす。

でも今回、応援団子は上述の話ではなく、もう一つの方の「ジェネレーションX」に焦点を合わせたい。題名が示すように、ジェネレーションの違う二人の男、四十の大台を数年後に控えた野田健一と野田からから見れば新人類に見える二十歳代の石津直己とが、クレーム処理を捌くという共通の仕事を通じて、変化していく心の様子を捕えた作品である。嘗て新人類世代と言われて鼻白んだ野田健一も四十歳近くになると、若い石津直己にそれを当てはめようとしている。しかし、クレーム先の宇都宮に向かう間に、お互いの理解は深まり、連帯感が芽生え、軽薄な無責任世代だと思っていた石津直己の中に、野田健一は熱い心を見つけて、それを共有してしまうという作品である。

物語は、東京で通販情報誌「ラクラク☆ライフ」を出版する小さな会社で、編集員をしている野田健一が、担当した特集ページの商品に「誇大広告がある」と、宇都宮の女性客からクレームがついたところから始まる。即刻、商品を調べたところ、アニマル玩具会社が持ち込んだ中国製のパンダのぬいぐるみのキャッチコピーが、誇大広告にあたることが判明する。そのキャッチコピーをチェックもせずに掲載してしまった野田健一は、定年退職まで後二年という編集長に、さんざん愚痴を言われ、アニマル玩具の石津直己と一緒にクレーム先の宇都宮まで返金を用意して謝罪に行くことになった。アニマル玩具の実担当者は三村なのだが、三村はサイパンへ夏休みの家族旅行中であり、代わりに石津がやって来たのだという。

宇都宮まで車で向かう間、野田は石津の態度の馴れ馴れしさと無遠慮を快くは思っていなかった。車中で携帯電話をかけまくる。どうも私用の電話らしい。聞かずとも耳に入ってくる話から、石津が久し振りに昔の仲間を集めているのに、なかなかメンバーが揃わないで苦心していることが判ってきた。野田が「誰もがいつまでも中心にいられる訳がないのに、それに気づかない奴がいる」と野球を譬えに、集まらない男たちの話をしたところで、石津は「誰だっていつまでも現役選手ではいられないけれど、十年に一度、昔の仲間と草野球をするくらいはいいすっよね」と、携帯電話で仲間と連絡を取り合っている仔細を話し出した。石津たちは高校卒業のときに「十年後にどんなに変わっていても、何処で何をしていても必ず集まって野球をしよう」と約束をしていたのである。マレーシアから帰国する者もいるし、大阪から駆けつける者もいる。しかし、みんながみんな、すんなりとは集まらない。集まれない事情も発生している。

フジリュウと言われる嘗ての好投手が明日は行きたくないと言い始めているらしい。野球界でずっと生きていくと思われたフジリュウだったが、最後まで野球をやり通す自信がもてなくなって断念し、最終的には運送会社に入り、深夜勤務もあるトラックの運転手となっていた。勤務の激しさから、ついには覚せい剤に手を出し、警察の厄介になったという古傷を抱えている。バッテリーを組んでいたキャッチャーのフジケンは、今は警官をしている。それで、古傷にこだわるフジリュウが警官のフジケンとは気まずくなっているというのだ。グランドの予約までして明日に備え、こうして仲間を集め、試合をすることに懸命になっている石津に、野田は好感を持ち始めた。

石津の宇都宮でのクレーム客の扱いは素晴らしかった(ここは是非とも、ご自身でこの本を読んで下さい)。若さに似合わずきちんと仕事をする石津に野田は敬服した。客は「このパンダのぬいぐるみはいただいておく」と言い、クレームは取り下げ、勿論、返金もせずに帰途に向かった。そこへ会社から石津に電話があった。その内容は石津を愕然とさせるものであった。今度は、販売した指人形のことでクレームがついたらしく、明日は木更津まで謝罪に行かねばならないことになった。これまでの努力がふいになって、石津は野球には行けなくなる。決意を固めた野田は「今からこのまま君を木更津まで連れて行く」と提案する。「マジすっか。野田さん迷惑じゃないっすか」と石津は喜ぶ。木更津に車を向けたとき、野田は自分の中で若い血が騒ぎだしたことを感じていた。話の勢いで自分が嘗ての甲子園球児であり、準優勝をしていることを石津に告げた。石津は「準優勝校ですか。モロかっこういいじゃないっすか」と、石津の野田を見る目が変わった。

石津はシラケ世代の野田が何を考えているのか分らなくて、苦手だったが「超見直しましたよ」と言う。野田は「明日、フジリュウが投げないというなら自分が投げてもよい」と伝えた。石津にまた電話がかかってきた。フジリュウがゲームに出ることを約束したという。このホッとする話には、もう一つおまけがついていた。予定していたヒラタが盲腸で出られなくなったというものだった。野田はヒラタの代わりに試合に出ることを石津に約束した。

男には点火の仕方ひとつで、真っ赤に燃え上がる何かがある。野田は石津から、石津は野田から、相互にジェネレーション・ギャップを超えて相通ずる何かを認め合った。石津直己に点火された野田健一の行動に、読者の心にも熱いものが伝わるのではないか。

「オール読物」9月号には、森絵都の「父に捧ぐ」という直木賞受賞までの軌跡との副題を持つ「自伝エッセイ」も掲載されている。これを読むと、森にとって父親は仇のように書かれているが、応援団子は自分自身にも、この父親に通ずる何か共通のもののあることを自覚している。この父は、家庭にあっては傍若無人の振る舞いをし、六十歳になったときに「これからは好きに生きたい」と言った。森は「これまでだって、貴方は十分好きに生きてきたではないか」と冷ややかであった。森がまだ小さいとき、娘の文学的才能の芽を「作家になんかなれっこない。夢みたいなことを言いやがって、あいつは何考えてんだ」と大声で母に告げたらしい。そんな父を森は許さなかった。その父が病に倒れ、今は見るも無慚な姿になっている。元気なときには「そんなところに病院なんか建てるのではない」と反対していた病院に、今はお世話になっている。応援団子は「今や森の父は素っ裸で家族の前に曝されているようなものだ」と思った。

ただ、森はこの自伝の末尾を「私はそんなあなたに今後もきっと何かを教わりながら、あなたが読むことのない小説を書き続けていきます。」という言葉で締めている。お父さんはきっと許されたのだ。(応援団子A)


  [註] 森絵都著「風に舞いあがるビニールシート」
(文芸春秋社 2006年5月出版)  1470円

* 但し、応援団子は「オール読物」9月号で読み、単行本は読んでいません。


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