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第16回

◎  岡本行夫著「砂漠の戦争」――イラクを駆け抜けた友、奥 克彦へ――
    (文芸春秋発刊 2004年7月 初版)

 『今、日本に最も必要とされているのは、定型化された考え方を墨守する減点主義に強い人々ではない。一度枠組みを取り払って白地にものを考える構想力と使命感を持った人々だ。規則や前例を組み立てていってその結果何ができるかという手法を、逆にしなければならない。先にやるべきことを確定し、その目標達成のためにどのような手段と道具が動員できるかを考え、制度が不十分なら新しく作ってでも自分が設定した夢に向かっていく人間。こうした人々こそが今の日本外交にはもっとも必要だろう。奥はそうした人間の一人だった。
 奥は、自分のメッセージをはっきり持っていた。』(第七章「人間模様」から抜粋)

 本欄の第十回に採り上げた故奥克彦大使のイラク滞在二百二十一日間の全記録「イラク便り」を書いたとき、その57便「岡本補佐官再訪」で「岡本補佐官ほど戦後のイラク国内を幅広く廻っている日本人はいない筈です」と記しているのを応援団子は憶えており、奥大使と共に困窮するイラク中を走りまわって日本が貢献できることを探求してきた岡本行夫前内閣総理大臣補佐官には、是非とも奥大使のことと日本の果たすべき役割について書いて欲しいと願っていた。この本が出版されたことを知ったのはテレビであった。早速、横浜に出て本屋で手にして「あとがき」をその場で読んだ。著者が文芸春秋に促されて昨年末から執筆を準備したこと、若い読者が奥克彦や井ノ上正盛の心意気を継いでいってくれることを願い、奥大使とその同僚たちの行動を具体的に描いたこと、しかし接点の少なかった井ノ上書記官のことは少ししか書けず残念だったこと、また執筆の間、会ったことのないある人が感動的な励ましの手紙を何通もくれたことなどが書かれていた。そして結句にある「そして、奥克彦、井ノ上正盛、ありがとう」を読み終えたときには、暫し茫然、感情沸点の低い応援団子はもうこれだけで目頭が熱くなり、鼻が詰まっていた。

 著者は極力感情を抑え、平易な言葉で全編を綴っている。イラクの歴史や気候、宗教や生活、日本とイラクの関係、アメリカや国連、その他諸国の行動を書き、そのイラクを縦横無尽に駆け抜け、戦争後に日本が可能な貢献アイテムを求め続けた、在りし日の奥参事官(今回も活躍した当時の役職である「参事官」と呼ばせてもらう)と、奥参事官と共に過ごした日々を淡々と振り返える。が、奥参事官暗殺の前日に届いた今回のイラン、イラク出張時の訪問先予定が書かれたメールと、その夕刻に神谷町の事務所にかかってきたティクリットに向かうという電話の後、思いもよらぬ凶報が届き、それが訃報と確認されるまでの刻々と過ぎて行く時間、間違いであって欲しいと祈る著者のやりきれない気持ちが読者にも伝わる。奥参事官と相談を重ねてきたイラン、イラク訪問経路を変更し、奥たちのために準備していた焼酎や昆布巻きや、たこの酢漬けなども荷物から外した。到着したイランのホテルでは冷蔵庫の酒を全部飲んでも酔えなかったという。イランとの関係修復交渉では、六月に一時帰国した奥参事官とも打ち合わせていた「テロリストのイラクへの不法入国を阻止するため、イランでも国境警備を強化してもらいたい」ということを、著者はイランの副大統領、外相に「先ほど弔意を示していただいた外交官の提言であった」と伝え、好感触を得たことを書いている。

 シリア問題に関係づけて、著者は日本の果たすべき中東地域での役割を述べ、アメリカへのシリア対策も提言している。いずれにしても世界各国の外交担当官は、さらに一歩踏み込んで当該地域、当該国の理解を深め、誠意を込めて交渉にあたるべきとの著者の忠告であると思う。著者は日本の外交官に対しても、繰り返し日本の中東国における信頼の厚さを言い、単に友好国としての関係維持だけを目的とせず、この地域には自ら築いてきた独自の資産があることも示唆して、政治的イニシアティブを取る気構えで戦略を構築せよと提言する。読者には「日本はもっと自信を持って真の外交活動に注力せよ」と言っている様に聞こえてくる。著者の主張底流にあるのは、「植民地域の歴史や民族を無視して大国の思惑や勝手な協定で決められた境界線、現在もなお影響を与えている大国の都合や国際政治の従属変数という束縛から解放し、中東の国々の歴史の流れと分化と民族が形成してきた国の生き様に戻す」ことだと思われる。著者のキャリアから推察すれば、沖縄問題を経験し、湾岸戦争を経験して今度のイラク問題に関わったのである。奥参事官がイラクで人に会う度に、「私のボスです」と紹介した気持ちも判るような気がする。

  東アジアにおける外交問題は、中国の尖閣列島問題、小泉首相はじめ閣僚の靖国参拝問題、北朝鮮拉致問題と、直接日本人に火の粉が降りかかってくる問題であり、危機感を煽るかに思えるマスコミの取り上げ方がないではない。ところがイラク戦争の話になると、イラク戦争開戦理由となった大量殺戮兵器の有無、イラクで続く相変わらずのテロ行為やその被害について、日本自衛隊派遣の是非論、派遣後はテロ攻撃の危機が迫っていること、違憲問題など、「政府よ、さあどうする、責任をどう取る。」というような上っ面だけのことだけが取り沙汰されて、問題の本質に迫る気構えがあるようには思えない。イスラム教という同じ宗教を持つ民族ながら、シーア派とスンニー派の相違点を理解し、サダム・フセインによって抑圧されてきた人達の人権問題を考え、アメリカのイラク対応に同盟国としての意見具申、国連の役割と日本の国際貢献のあり方など、日本人が考えなければならないことは山ほどあるように思う。今までこうした問題を一般日本人は「政治家はだらしない」、「官僚は民の苦労を知らない」と言いながら、実のところは彼らに任せっきりにし、結果だけを「ああでもない、こうでもない」とゴジャゴジャと勝手なことを言ってきた。いい加減に目を覚まさなければ、「もう過ちは犯しませぬ」と誓った過ちをまた犯してしまうことになりはしないか。

  冒頭に掲げた文章では、これからの外交官の期待されるべき気質と、奥参事官はそれをすでに具備していたことを著者は言っているが、これは何も外交官だけの特別な資質ではなく、一般人にも要求されているものだと思う。
  自らの主張を持ち、考えた構想が実行に移された場合、どのような障害に遭遇するか、どのような協力を得られるか、不測の事態に如何なる処置をするかを整理出来る能力を要求されているのだと思う。これまでの日本人はサラリーマンなら企業活動の世界で、スポーツマンならスポーツの世界だけで上述のようなことを考え己を磨いてきた。
  これでは不十分なのである。欠陥人間を養成していると言われても抗弁の仕様がない。企業活動に向ける努力の幾分かを、スポーツにかける訓練の幾分かを「国を思う、国のおかれている立場を考える時間」に充てて、間違えても反日本人的な行動をしてはならないと思う。日本を守る主役は日本人である。例えば、日本の国際貢献のためにイラクを東奔西走する奥参事官と井ノ上書記官を護衛する日本人部隊が側にいなかったのはどう考えてもおかしいのではないか。

  著作「砂漠の戦争」には、感情沸点の低い応援団子でなくても感動する話が随所にあると思う。米軍第百一師団のペトリアス少将やヘルミック准将が企図した戦争寡婦や戦争負傷者のための家屋を建設する「希望の村プロジェクト」への支援を奥参事官が山田課長の同意を得て約束したときのヘルミック准将の感謝の表現と射殺された奥参事官への追悼メールのこと。三菱セメントによる現地セメント工場の修復がなり、協力のお礼に出かけた岡本補佐官に、西川社長から「岡本さん、国のために働く機会を与えてくださってありがとうございました」と挨拶されたこと。「日本人はやれば出来る」と応援団子はなんと勇気づけられたことか。著者はフランスやドイツとの今後の在り方についても一層親善な関係を構築することが可能であることを言う。今までのような規定された枠の中で判断し、規定された動きの中で安心しきっていては前進することはない。前回も書いたが、奥参事官や井ノ上書記官の活動の中に坂本龍馬や中岡慎太郎を見た。同僚の山田課長も上村代理大使も、勿論著者の岡本さんもそうだが、姿は明治維新の志士の魂を持った侍を感ずる。こうした人々の沈着かつ勇気のある発言を得て、新しい日本を目指して波風の立たない井戸の中から飛び出してみないか。まだ読まれていない方は、是非ともこの「砂漠の戦争」を読んでいただきたいと思う。岡本さんは内閣総理大臣補佐官の職を今年三月末で辞任されている。(応援団A)

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